郷土料理ものがたり紀行    福井編

住みやすさ日本一が誇る伝統食文化

  • text : 宮田耕輔
  • photo : 西村幸起
  • edit : nano.associates 竹内省二

chapter 2
「この土地でしか生まれない、奇跡の里芋」

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左)盆地となっている大野市は寒暖の差が激しく、野菜を育てるには絶好の土地 右)身がしっかりした「上庄里芋」は煮崩れをまったくしないと重宝がられている

福井市から東へ約30km、四方を山に囲まれた自然豊かな大野市には、全国でもここにしかない里芋があります。大野市全域で里芋は生産されているのですが、上庄(かみしょう)地区で生産される里芋は「上庄里芋」と固有名詞が付けられ、ブランド化しているのです。この地域では里芋のことを「田芋」とも呼んでいます。それは水田でも生産されてきたからなのだそうです。

上庄里芋は身がぎゅっと締まって煮崩れもせず、歯ごたえも粘りも他では感じることができません。その秘密は土壌にあります。上庄地区は東側にそびえる荒島岳の扇状地になっており、土の質は砂壌土となっています。そのため水はけがよく、肥料がすぐに抜けるので、親芋から子芋、孫芋へと養分が流れて身が締まっていくのです。また、里芋の独特のぬめりには、ムチンという酵素が含まれており、ムチンは常食していると肝臓の解毒作用があるとされています。以前、上庄里芋のでんぷんを調べたことがあったそうですが、上庄里芋は他の里芋よりきれいな六角形をしたでんぷん構造だったそうです。

「子どものおやつにもなった、甘く煮込んだ里芋」

里芋の伝統料理といえば「煮っころがし」。外皮を洗い落とし、砂糖・醤油・みりん・酒だけでコトコトと煮込んでいくだけなのですが、上庄里芋はいくら煮込んでも煮崩れしないのが特徴です。味がしみ込んだ「煮っころがし」は、子どもたちのおやつがわりにもよく食べられるほど。もちろん報恩講料理にも登場します。 fukui3

左)外皮だけを剥いた里芋に、ひたひたになるまで水を張る 中)砂糖と醤油を入れて沸騰させ、アクを取りながら落しぶたをする 右)あとはコトコト煮込めばでき上がり

「すこ(赤ズイキの酢の物)青は食べない、赤だけ食べる」

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左)赤ズイキの酢の物を、この地域ではスコと呼ぶ。その名の由来は不明だとか 中)こちらの地区では里芋を育てている畑の端に一列、赤ズイキを植える習慣がある 右)薄皮を取った赤ズイキ。大野市内でもこの長さのまま売っているところもある

そして、こちらでも里芋の茎(ずいき)を食する文化も残っていますが、収穫した里芋の茎の方を食べることはあまりありません。この地域では里芋の茎を青ズイキと呼び、現在好んで食しているのは赤ズイキの方。こちらはヤツガシライモという里芋の茎であり、里芋畑の端に一列赤ズイキを植えて生産しています。

「貧血に良いとされていた、冬の保存食」

8〜9月に収穫時期を迎える赤ズイキを、酢漬けにしたものが「すこ」と呼ばれる伝統料理です。調理法はいたってシンプルで、乾煎りした赤ズイキに酢と塩、砂糖を加えるだけ。赤ズイキの皮は非常に薄く、きれいに剥くのは熟練の技が必要。この一手間が「すこ」を美味しく仕上げるのです。炒めていくと徐々に赤くなり、酢を入れた瞬間に鮮やかな赤色に変わります。あとは4日〜1週間ほど寝かせれば完成。赤色が食欲をそそり、シャキシャキ感と爽やかな酸味が酒の肴にもピッタリです。この赤色はアントシアニンによるもので、アントシアニンは血液をサラサラにする効果があるとされている美容食でもあるのです。昔から“古い血を下ろすもの”として、貧血になると食べる習慣がありました。酢漬けですので保存も良く、冬の備蓄食材としても重宝されています。

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左)約5cmの長さに切った赤ズイキを乾煎りする。焦げ付かないようにするのが熟練の技 右)ある程度火が通ったら塩を投入。この時点ででき上がり時の固さを調節する

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左)砂糖と酢を混ぜたものを投入すると、みるみるうちに赤色に変化する 右)炒めた後は冷まして3〜4日寝かせてでき上がり
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