郷土料理ものがたり紀行 福井編
福井市から東へ約30km、四方を山に囲まれた自然豊かな大野市には、全国でもここにしかない里芋があります。大野市全域で里芋は生産されているのですが、上庄(かみしょう)地区で生産される里芋は「上庄里芋」と固有名詞が付けられ、ブランド化しているのです。この地域では里芋のことを「田芋」とも呼んでいます。それは水田でも生産されてきたからなのだそうです。
上庄里芋は身がぎゅっと締まって煮崩れもせず、歯ごたえも粘りも他では感じることができません。その秘密は土壌にあります。上庄地区は東側にそびえる荒島岳の扇状地になっており、土の質は砂壌土となっています。そのため水はけがよく、肥料がすぐに抜けるので、親芋から子芋、孫芋へと養分が流れて身が締まっていくのです。また、里芋の独特のぬめりには、ムチンという酵素が含まれており、ムチンは常食していると肝臓の解毒作用があるとされています。以前、上庄里芋のでんぷんを調べたことがあったそうですが、上庄里芋は他の里芋よりきれいな六角形をしたでんぷん構造だったそうです。
里芋の伝統料理といえば「煮っころがし」。外皮を洗い落とし、砂糖・醤油・みりん・酒だけでコトコトと煮込んでいくだけなのですが、上庄里芋はいくら煮込んでも煮崩れしないのが特徴です。味がしみ込んだ「煮っころがし」は、子どもたちのおやつがわりにもよく食べられるほど。もちろん報恩講料理にも登場します。
そして、こちらでも里芋の茎(ずいき)を食する文化も残っていますが、収穫した里芋の茎の方を食べることはあまりありません。この地域では里芋の茎を青ズイキと呼び、現在好んで食しているのは赤ズイキの方。こちらはヤツガシライモという里芋の茎であり、里芋畑の端に一列赤ズイキを植えて生産しています。
8〜9月に収穫時期を迎える赤ズイキを、酢漬けにしたものが「すこ」と呼ばれる伝統料理です。調理法はいたってシンプルで、乾煎りした赤ズイキに酢と塩、砂糖を加えるだけ。赤ズイキの皮は非常に薄く、きれいに剥くのは熟練の技が必要。この一手間が「すこ」を美味しく仕上げるのです。炒めていくと徐々に赤くなり、酢を入れた瞬間に鮮やかな赤色に変わります。あとは4日〜1週間ほど寝かせれば完成。赤色が食欲をそそり、シャキシャキ感と爽やかな酸味が酒の肴にもピッタリです。この赤色はアントシアニンによるもので、アントシアニンは血液をサラサラにする効果があるとされている美容食でもあるのです。昔から“古い血を下ろすもの”として、貧血になると食べる習慣がありました。酢漬けですので保存も良く、冬の備蓄食材としても重宝されています。