郷土料理ものがたり紀行    秋田編

長く厳しい冬から生まれた、雪国ならではの保存食文化

  • text : 児玉菜穂子
  • photo : 伊藤靖史
  • edit : nano.associates 竹内せいじ

chapter 4「熟成ハタハタの旨みが凝縮されたしょっつるは万能な調味料」

秋田市内から車で1時間ほどにある、日本海に突き出した男鹿半島。黒い岩に打ちつける冬の荒波が、厳しい寒さを一層引き立てます。男鹿市船川港近くの「諸井醸造」は昭和5年創業で、しょうゆ作りから始まった醸造所。その後、みそ、漬物と商品を増やし、約20年ほど前から「諸井醸造」の代名詞とも言える「しょっつる」の製造を手がけています。代表取締役の諸井秀樹さんに、しょっつると秋田の人々の関係について伺いました。

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諸井秀樹さんは「諸井醸造」3代目。ハタハタの食文化を守るため、臭みの少ない伝統の「しょっつる」を復活させた立役者です

「しょっつる」とはハタハタなどの小魚を原料にした魚醤のこと。石川県の「いしる」、香川県の「いかなごしょうゆ」と並ぶ日本の三大魚醤のひとつです。漢字では「塩魚汁」と書きますが、その字の通り魚を塩漬け保存したときにできる液体のことです。「魚醤といえば東南アジアのナンプラー、ニョクマムが有名で臭いイメージがありますが、私たちの作るしょっつるは非常にまろやかな味と香りが特徴です」と諸井さん。白身魚のハタハタ100%で作る「諸井醸造」の「しょっつる」は、香りがやわらかく淡泊ながらも際立つ味わい。魚の生臭さが苦手な人にも「大変食べやすい」と好評です。白身魚のみで作っている魚醤は世界的にも少なく、「食の世界遺産」にも認定されている逸品です。
その作り方はいたってシンプル。捕れたての新鮮なハタハタを丸ごと塩漬けにします。材料はたったこれだけ。あとは時間をかけてじっくりと熟成させていきます。秋田県は年間の平均気温が高くないので、発酵には魚の自己消化を利用します。自己消化には時間がかかるため、「諸井醸造」の「しょっつる」は作り始めてから完成までに3年を有します。このゆっくりじわじわと熟成させることが、さらにハタハタの味を生かす手助けになっていると諸井さんは言います。

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ハタハタ100%で作った伝統的な「しょっつる」。魚臭さがほとんどなく、あらゆる料理に利用できる万能調味料

「しょっつる」を使った秋田県の郷土料理の代表といえば、ハタハタを具にした「しょっつる鍋」。ハタハタの漁期は11月下旬から12月にかけてのわずか2~3週間しかありませんが、「新鮮な旬の魚を、その魚で作った調味料で食べる」という文化が秋田県には根付いています。「しょっつるは鍋の素と思っている人が多いですが、そうではありません。調味料なのでいろんな料理に使えるんです」。そう言って手軽な使い方を教えてくれました。例えば、焼きそばのソース代わりに使ったり、しょっつるを手水にしておにぎりを握ったり、カレーライスや玉子焼きの隠し味に使ったり。「しょっつる」は実にバリエーション豊富な万能調味料なのだということを改めて知りました。
現在でこそ漁獲量が少ないハタハタですが、昭和30年代~50年あたりまでは豊漁の時代だったと言います。当時の秋田県の人たちにとっては、肉が食べられなかった時代の貴重な冬のタンパク源だったのです。「ハタハタは漢字では魚へんに神、または雷と書きます(鰰・鱩)。冬に雷が鳴り海が荒れて、海水が冷たくなってから寄ってくる魚だからです。秋田にとってハタハタは歴史的な魚で、しょっつるは貴重なものです。大切に伝え続け、広めていくことが必要だと考えています」。そう語る諸井さんは、秋田の「しょっつる」を世界に向けて発信していくことに動き出しています。

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