郷土料理ものがたり紀行    秋田編

長く厳しい冬から生まれた、雪国ならではの保存食文化

  • text : 児玉菜穂子
  • photo : 伊藤靖史
  • edit : nano.associates 竹内せいじ

chapter 3「冬が旬の魚を保存食にした、伝統料理ハタハタ寿し」

秋田の県魚でもあり、冬の到来を告げる魚として広く県民に親しまれているハタハタ。煮たり焼いたり、普通の調理法でもおいしいハタハタですが、手間を加えることで一年中食べられる保存食となります。にかほ市の漁港前で「ハタハタ寿し」を製造する「三浦米太郎商店」を訪ね、代表の三浦悦朗さんにお話を伺いました。ハタハタの塩漬け加工などをしていた「三浦米太郎商店」が「ハタハタ寿し」の製造を始めたのは曾祖父の代から。三浦さんは100年以上続く老舗商店の13代目になります。

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「三浦米太郎商店」代表の三浦悦朗さん。伝統の手作り製法を守り続けながら、新商品開発にも積極的に取り組んでいます

「ハタハタ寿し」はタンパク質が不足しがちな冬を乗り越えるために、昔の人が保存用に作った伝統食。秋田県の沿岸部で作られますが、ハタハタを使う以外は地域によって材料も味も異なるのが特徴です。多めの野菜を使って塩とごはんで漬け込んだもの、塩とごはんで浅く漬けたものなど種類はさまざま。「三浦米太郎商店」の「ハタハタ寿し」は、上質な米麹、ふのり、にんじん、秋田産のゆずでていねいに漬け込まれていて、その味はほんのりと甘く上品な仕上がりです。

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昔ながらの製法で作られた「三浦米太郎商店」の「ハタハタ寿し」。ていねいな作りを感じさせる品のある味です

作り方はとても手が込んでいます。「まずは新鮮なハタハタを水洗いしてタンクに入れ、塩漬けにして4~5日置きます。塩が十分にまわったらタンクから取り出し、切り込み作業をします」。この切り込み作業、数人が包丁を使って一尾一尾手作業で切り身にしていくのですが、作業台に載せられたハタハタの量が圧巻です。「切り込み作業の次は、水と酢を合わせた醸造酢で5日程度切り身を締めます」。これは丸ごと食べられるように、ハタハタの骨と皮をやわらかくするための工程だそうです。締めたハタハタの切り身はしっかりと水切りし、20キロほどの樽に米麹をはじめとした材料と合わせて並べ、笹の葉で覆います。これを一段一段繰り返して発酵させれば出来上がりです。

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すぐ裏手の平沢漁港から仕入れた新鮮なハタハタを、一尾一尾手作業で切り身にしていきます

三浦さんが「米麹からお酒のような風味が出るのを大事にしています」と言うように、完成した「ハタハタ寿し」は優しくすっきりした甘みを感じます。発酵に使用する米麹には徹底的にこだわり、これまでさまざまなものを試したとか。とても良い米麹に巡り会うことができた現在、商品の評判もさらに上がったと言います。米麹が「ハタハタ寿し」のおいしさに大きな役割を果たしていることが分かります。
このまま食べても良し、わさび醤油をつけても良し。とくにお酒のあてにはぴったりの「ハタハタ寿し」。鍋にしたりあぶったりして食べることもあります。本来は晴れの日のごちそうで、今でも三浦さんの暮らす地域では冬の神事でお膳に並べる風習があるそうです。
「秋田の人たちにとって、ハタハタはDNAに取り込まれているものだと感じます。漁獲量の激減で禁漁していたときもわざわざ海外から仕入れて食べたほどで、これがないと年を越せないぐらいの気持ちです。ハタハタが存在する限り秋田でのハタハタ食の風習はなくならないでしょう」。

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