郷土料理ものがたり紀行 三重編
隣接する鳥羽の海は恵まれた漁場として知られ、脂ののったボラがたくさん捕られてきた地域です。鳥羽地区の人々はボラをどのように生活に取り入れてきたのでしょうか?鳥羽市で魚介の燻製屋を営む「魚寅」を訪ねてみました。店主・杉田公司さんは、約100年の歴史がある鳥羽の魚問屋の三代目として生まれました。しかし、いつしか魚介類の燻製作りに魅力を感じ、20年余前に独立。手作りの燻製釜で作る魚介類の燻製や安楽島産の牡蠣のオリーブ漬けなど、鳥羽で水揚げされた海産物の加工食品を販売しています。杉田さんによると、「その昔鳥羽ではボラがたくさん捕れたため、鳥羽城は太陽の光に乱反射するボラの鱗に喩えて「錦城」と呼ばれていました。また、鳥羽湾に入ってくるボラを驚かせないために大手門に面した壁を黒くしたと、言い伝えられている」そうです。ところが、高度成長期による海水の汚れがボラに影響し価値が下がって市場に出回らなくなったため、ボラを食べる習慣も少なくなっていきました。しかし、近年は海もきれいになり、美味しいボラがまた戻ってきています。そこで「魚寅」では、昔各家庭で漬けられていた寒ボラのぬか漬けを復興させるべく、約2年前からぬか漬け作りの取り組みを始めたそうです。
ボラのぬか漬けは、冷蔵庫がなかった時代に食べられていた昔の保存食です。作り方は、内臓をとった寒ボラを塩と米麹、ぬかでつけ込みます。塩はベトナムのカンフォア産の天然海塩を使用。自然製法で作られたこだわりの塩で、奥行きのある深い味わいに仕上がるそうです。「漬けこむのは一年で十分だと思いますが、現在、二年ものを熟成中。うすくスライスして焼くと独特の深い香りがたちこめ、お酒好きにはたまらない味わいです」と杉田さん。「今では作り方を知っている人がいないくらい絶えてしまったぬか漬けですが、脂がのった寒ブリはとても美味しいので、昔のやり方で美味しさを再認識してもらえたら」と語ってくれました。また、自家製の燻製釜でじっくり燻した「ボラの燻製」も絶品。塩麹につけた後、サクラとブナのチップ、さらにピートで6~8時間燻すので、深い薫りと優しい味が楽しめます。
漁村の郷土料理は、それぞれの地域色を生かした料理となって伝承されています。生活の変化によって、今はほとんど食べられなくなったものや味付けが変わってきたものもありますが、自然の恵みを美味しくいただくという気持ちは今も昔も同じ。最初にお話を伺った野村さんが「鮮度のいい魚はそのまま食べるのが一番美味しいですから、漁村では洗練された料理は必要なかったのだと思います」と話してくださった通り、油で揚げたり、味付けを凝ったりといった手の込んだ料理はほとんどありませんでしたが、「限られた調味料を使いながら素材自体の味を最大限に生かすこと」こそが、漁民の知恵であり立派な文化と言えるのだと感じました。
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