郷土料理ものがたり紀行    香川編

醤油が導く香川の食文化

  • text : GOOD NEWS 佐々木 和
  • photo : せとうちカメラ 中村政秀
  • edit : nano.associates 竹内せいじ

四国の北東に位置し、古来より瀬戸内海を行き来する交通の要衝であった香川県。北は中国山脈、南は四国山脈に守られており、自然災害が少なく、温暖な気候であることから、多品種の農産物が作られています。名物はコシの強さが自慢の讃岐うどん。うどんを食べるためだけに、遠方から泊まり込みで訪れる人がいるほどの人気です。しかし、そのうどんのダシに欠かせない「醤油」が、香川の特産品であることは、あまり知られていないかもしれません。香川の醤油づくりは400年以上の歴史を持ち、現在の生産量は全国で3位。そのうち木桶で仕込む伝統的な製法に限って言えば、圧倒的なシェアを誇っています。今も昔も料理を語る上で切り離せない調味料が醤油です。香川の醤油を知ることは、香川の食文化を知ることにつながります。

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chapter 1「木桶で仕込む醤油を守り続ける島」

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「ヤマロク醤油」をはじめ、小豆島は木桶で仕込む醤油の最大産地

香川における醤油づくりの本場は小豆島です。20軒ほどの醤油醸造所があり、それぞれ風味の違う醤油をつくっています。その中でも、木桶を用いる昔ながらの製法を守り続けているのが「ヤマロク醤油」です。5代目となる山本康夫さんに、香川の醤油文化について話を聞きました。山本さんによると、香川で醤油づくりが始まったのは約400年前。塩づくりが盛んであった小豆島の「塩」を二次利用するために始まったと考えられているそうです。明治~昭和初期の最盛期には400以上の醸造所があったそうですが、戦後、オートメーション化の波に乗り遅れ、多くの醸造所が姿を消しました。「時代の波には乗れませんでしたが、自然の力を借りて木桶で仕込む本来の醤油づくりが失われずに残りました。小豆島は木桶で仕込む醤油の最大産地です」と力を込めます。何世紀にもわたって醤油蔵に住み着いている酵母菌や乳酸菌が、発酵の力によってゆっくり醤油を育む。できあがった醤油は、コクが深く、風味がふくよかです。「住み着いている菌が違うから、同じ仕込み方をしても蔵によって味が変わる。そこがまたおもしろいんですよ」。小豆島の醤油づくりは、自然と共生しています。

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醤油文化の継承に力を注ぐ「ヤマロク醤油」5代目の山本康夫さん

醤油文化を継承する覚悟

伝統の醤油づくりに欠かせない木桶ですが、実は国内における生産が危ぶまれる状態です。巨大な木桶を製造できる会社は国内に1軒だけ。そこの職人さんも高齢化により、2020年の廃業を宣言されています。醤油に限らず、なんでもステンレスの容器でつくられるようになったことが大きな理由ですが、木桶の寿命が100年~150年ほどあり、新規の発注がほとんどない事情も影響しています。2009年に山本さんが新桶を発注したところ「戦後初の醤油屋からの発注や」と言われたほどです。「このままでは、受け継いだ醤油文化が廃れてしまう」。この状況を見かねた山本さんは、友人の大工さんらと共にこの職人さんに弟子入りし、木桶づくりの腕を磨きました。現在では、自ら木桶を作れるようになり、醤油づくりの傍ら、同業者からの発注にも対応して、醤油文化の継承に力を注いでいます。

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木桶でじっくりと時間を掛けて仕込まれる醤油

ヤマロク醤油でつくっている醤油は、丹波の黒大豆を原料とした「菊醤(きくびしお)」と、塩水の代わりに醤油を使い、通常の倍となる4年の月日をかけてつくる「鶴醤(つるびしお)」です。菊醤はキレのある旨みとあっさりした味、鶴醤は濃厚な旨みと豊かな香りが特長です。そもそも醤油の用途は多岐に渡り、料理だけでなく、加工品にも用いられます。どんな食材にも合う懐の深さがあり、郷土料理にも欠かせません。小豆島には「かきまぜ」という郷土料理があります。具材を醤油で煮つけて、炊きあがった白ご飯と合わせるまぜご飯の一種で、お祭りや行事の時に必ずつくられる島のソウルフードです。「いい醤油があるから、炊き込みご飯にする必要がないんです。醤油ありきの家庭料理です。香川ではしょうゆ豆も愛されていますが、これも醤油があるから生まれた料理です。うどんのダシ、そうめんのツユにだって醤油を使います。香川の味は醤油と共にあると思います」。

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